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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)4250号 判決 1989年1月19日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金五一一万六一三八円及びこれに対する昭和六一年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告陣内進(以下、単に「被告陣内」という)は泉北陣内病院(以下、「被告病院」という。)を経営する者、被告井上啓二(以下、単に「被告井上」という。)は被告病院に雇傭されている外科医であり、原告は被告病院に入院して被告井上から左脛骨骨折の治療を受けた者である。

2  原告は、昭和五九年一一月一八日、日本空手拳法の試合中に左脛骨を骨折(非開放性)して被告病院に運ばれ、被告井上の診療を受けて即日被告病院に入院し、その治療を受けることになった。したがって、原告と被告陣内との間で、同被告において原告の受けた傷害に対して迅速、適確な診断を下し、骨折部分の骨接合手術等の適当な治療を怠らず、診療過程において細菌等による感染病等が併発しないように処置し、傷害を完治させるべき診療契約が成立したものである。

3(一)  原告は、昭和五九年一一月一八日午後四時ころ、日本空手拳法の試合中に左下腿部を打撲し、左脛骨骨折の疑いで被告病院に運ばれ、同病院において、被告井上の診察及びレントゲン検査を受け、左脛骨骨折(非開放性)との診断をされて、即日被告病院に入院した。

(二)  原告は、同月二〇日被告井上から観血的整復固定術(以下、「本件手術」という。)を受けた後、同月二七日過度の倦怠感と悪寒におそわれるとともに、手術創部の痛みを訴え、また、翌二八日には三八度の発熱、手術創部の発赤、発疹が生じたが、同年一二月一日経過良好との診断で、行岡病院を紹介してもらい被告病院を退院した。

(三)  原告は、同年一一月六日から行岡病院に通院したが、同月一三日同病院に骨髄炎の疑いで入院し、同月一九日患部の切開洗浄、ドレーンの留置等の処置を受け、同月二二日は洗浄パイプが不良のため再度右補促手術を受けた後、同月三一日洗浄パイプを取り外されたものの、昭和六〇年一月三一日患部が増悪したため、再度局部洗浄、パイプ取り付けの手術を受け、同年二月六日洗浄パイプ取り付け、ギブス固定の手術を受け、同月一二日右補促手術を受け、同月一九日パイプを取り外されて、同月二〇日にギブスを取り付けられ、同年三月一九日最後の局部洗浄と洗浄パイプの取り付けの予定で手術をしたが、局部を切開後すぐに閉鎖し、同年四月二六日行岡病院を退院した。

(四)  原告は、同年五月から七月まで行岡病院に通院していたが、同年七月二六日洗浄パイプを取り付けるときに骨に空けた穴を腰の骨を削って埋めるため再度同病院に入院し、同年八月六日骨髄の掃除、パイプの残りを取り出す手術をしたものの、骨の穴を埋めるのは時期早尚と判断されて取り止められ、同月三一日同病院を退院して、同年九月から同病院に通院し、昭和六一年二月中旬から装具を付けずに歩行できるようになり、同年三月三日骨の穴を埋める手術をしないことに決まり、現在骨髄炎が一応治まり小康を保っているが、再発の可能性がある。

4(一)  原告が罹患した前記骨髄炎は、本件手術時ないしそれ以後体内に侵入した表皮ブドウ球菌に起因したものであるところ、右表皮ブドウ球菌は、近時敗血症等の重度の病いの起炎菌として注目されており、昭和五五年ころから黄色ブドウ球菌による敗血症よりも表皮ブドウ球菌による敗血症の発症例が多いと報告されているので、被告井上は本件手術の時には右事実を知り又は知っているべきであり、また、表皮ブドウ球菌は人体の表面に常在する極めて毒性の弱い細菌であって、通常の消毒措置によってこれによる感染は防ぎうるのであるから、被告井上は前記手術の施行に際し、清潔な術衣の着用、細菌に汚染されていない器具の使用など表皮ブドウ球菌はもとよりその他の感染を防ぐに十分な清潔、消毒の措置をとるべきであったにもかかわらず、清潔に対する考え方が整形外科より稀薄な内臓外科を専門とする被告井上はこれを怠り、器具の消毒等を他人に任せ、また、被告病院が緊急を要する手術等の多い救急病院であるため、手術に用いた医療器具等あるいは手指の消毒が不完全であったことから、本件手術の際に手術創部から右細菌を感染させて原告を骨髄炎に罹患させた過失ないし債務不履行責任がある。

(二)  仮に本件手術時における表皮ブドウ球菌の感染が避けられなかったとしても、昭和五九年一一月二七日原告が創部の痛みを訴え、翌二八日三八度の発熱、創部の発赤、発疹が生じており、これらの症状は細菌感染、炎症の重要な合図であるので、被告井上は、極めて簡便かつ有効な検査方法である赤沈、CR-P検査、白血球検査などの適切な検査を行うべきであり、もしこれらの検査を行っておれば、細菌感染ないし骨髄炎が明白となり、少なくとも何らかの感染が生じていることを判明させ、表皮ブドウ球菌を消滅させるに足りる抗生物質を投与するなど骨髄炎に対する早期の適切な治療を施すことによって骨髄炎の発症を防ぎ、あるいは発症した骨髄炎を治ゆさせ、また損害の拡大も防止しえたはずであった。それにもかかわらず、被告井上は、発疹が一日で消退することのありえない薬疹と風疹を疑っただけで、手術創部の細菌感染の可能性を全く考慮せず、同月二六日血沈検査したのみで、それ以外は抗生物質の種類を変更し、感冒に対する処方、投薬をしただけで、細菌感染に対する措置を採らず、安易に原告の退院を許可し、行岡病院に通院するまでの指示も不十分であったため、原告に骨髄炎を発症させ、あるいはその治ゆを遅らせて損害を拡大させたものであるから、過失ないし債務不履行責任がある。

5  原告は、前記骨髄炎の発症により、以下のとおり合計七三一万七八三九円の損害を被った。

(一) 治療費等

一一三万四一四五円

原告は、前記の長期にわたる入通院期間中、医療費六八万三七四〇円、装具代七九八五円、寝具代二万六一〇〇円、電気代六〇〇〇円、雑費三五万五〇〇〇円及び交通費五万五三二〇円を支出した。

(二) 逸失利益

二六八万三六九四円

原告は昭和六〇年二月一日から同六一年三月三日まで休業した。

(三) 慰藉料     三〇〇万円

原告は、前記の医療過誤により長期にわたる入通院を余儀なくされ、その間多大の肉体的、精神的苦痛を受け、現在も経過観察中で将来に対する不安も大きい。こうした苦痛、不安を慰藉するには前記金員が相当である。

(四) 弁護士費用    五〇万円

原告は弁護士南川和茂に本訴の提起を委任し、その報酬として五〇万円を支払う旨約した。

よって、原告は、被告陣内に対しては前記診療契約の債務不履行に基づく損害賠償として、また、被告井上に対しては不法行為に基づく損害賠償として、各自、右損害金七三一万七八三九円から原告が支給を受けた傷病手当金二〇一万三一七四円及び高額療養手当金一八万八五二七円の合計二二〇万一七〇一円を控除した五一一万六一三八円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否等

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が昭和五九年一一月一八日被告病院に入院し、被告井上の治療を受けたことは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実のうち、原告が昭和五九年一一月一八日被告病院に入院して同月二〇日本件手術を受け、同年一二月一日行岡病院を紹介されて被告病院を退院したことは認めるが、その余は不知ないし争う。

4  同4の事実は争う。

(一) 被告井上は、本件手術の際、手洗いによる手指の消毒、術野の消毒、手術器具の消毒等感染防止のための清潔手術に対する配慮を十分になしており、本件手術後も、感染防止のために必要と考えられる抗生物質の投与もなしているのであるから、同被告に過失はない。本件骨髄炎の起炎菌である表皮ブドウ球菌は常在の弱毒菌であって、清潔手術に対する万全の配慮をなしたとしても患者の体内への侵入を完全に防ぐことは不可能であるから、手術時ないしその後に表皮ブドウ球菌が原告の体内に侵入したとしても被告病院における措置に過誤があったということはできない。

(二) 本件手術後の原告の容態は、手術直後の二一日、二二日に手術後のいわゆる吸収熱を発したものの、その後平熱に下がり、手術創部、骨折部ともに炎症所見が認められず、良好であり、同月二八日原告に発熱、発疹が出現したものの、被告井上が投薬の種類を一部変更したことにより翌二九日には平熱に下がり、発疹もしだいに消退する傾向を示し、手術創部の所見にも異常が認められなかった。また、直前の血沈検査に異常はなかったほか、本件骨髄炎は通常の骨髄炎に比べてかなり緩徐な経過をたどっていたため、右発熱、発疹時においても、原告が敗血症のごとき重篤な疾患に罹患していたものではないことから、被告井上に骨髄炎を鑑別するための検査を実施する必要があるとはいえず、また、被告井上に原告を被告病院にとどめる義務はなく、原告の希望に応じて退院処方のうえ退院させたとしても被告らに過失ないし債務不履行はなく、更に、本件骨髄炎においては原告の退院時期を遅らせたとしても経過は変わらないから、被告井上が原告の退院を許可したことと原告の病状経過との間には因果関係はない。

(三) 原告が罹患した骨髄炎は、通常病原性を持たない表皮ブドウ球菌が、原告の場合には、白血球減少症により抵抗力が減弱していたために病原性を帯びたものであり、また、原告が、被告病院から退院処方として出されており、その起炎菌である表皮ブドウ球菌に対して感受性のあるペングローブ(アミノペンジルペニシリン)を自己の判断で服用しなかったため、被告病院退院後に右骨髄炎が発症したものと考えられるから、右骨髄炎は一般的でない特異な症例であり、しかもその発症に至った原因は原告側の要因もしくは責任に基づくものである。

5  同5の事実は不知。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争

いがない。

二  事実の経過

請求原因2及び3の各事実のうち、原告が昭和五九年一一月一八日被告病院に入院したこと、原告が同月二〇日被告病院で本件手術を受けたこと、原告が同年一二月一日行岡病院を紹介されて被告病院を退院したことはいずれも当事者間に争いがなく、以上争いがない事実に、<証拠>並びに前記一の争いのない事実を総合すれば

1  原告は、空手三段の腕前で、日本空手拳法の師範代を務めていた者であるところ、昭和五九年一一月一八日午後四時ころ、空手拳法の試合中に対戦相手の膝が左足下腿部に当たり、左脛骨骨折の疑いで直ちに救急車にて被告病院に運ばれ、衣笠医師の診察とレントゲン検査を受けて左脛骨骨折と診断され、即日同病院に入院することとなり、同医師から骨折部に副木をあてがうなどの治療を受けたこと

2  被告井上は、昭和五二年日本医科大学を卒業して同年五月に医師の免許を取得し、同五八年七月まで同大学第二外科教室に在籍して内臓外科を専門としていたところ、同年八月から被告病院に勤務することとなり、同病院で整形外科を専門としている森医師の指導の下に整形外科の診療に携わり、当時までに骨折の手術約一〇〇例の執刀経験を有するが、これまで手術後骨髄炎の発症例を経験したことはなかった者であるが、同五九年一一月一九日被告病院に入院していた原告を診察し、原告の承諾を得たうえでキュンチャー(髄内釘)を骨折部の骨髄内に挿入する手術をすることに決定したこと

3  被告井上は、昭和五九年一一月二〇日、まず電解質及び水分の補給と血管の確保の目的で、止血剤入りの電解質維持液と糖入りの輸液を原告に投与し、午後一時麻酔前投与として抗ヒスタミン効果のある精神安定剤と副交感神経遮断剤を筋肉注射し、午後一時一五分手術室に入室して午後一時三〇分から原告に全身麻酔を施し、午後一時五〇分から二時三〇分まで森医師と看護婦三名を介助として、原告の左足下腿上部を水平に切開して同部から左脛骨髄腔内にキュンチャー(長さ三〇〇ミリメートル、直径一四ミリメートル)を挿入する観血的整復固定による本件手術を原告に施したうえ、抗生物質としてヤマテタン及びトブラシンの投与を開始したこと

4  原告は、昭和五九年一一月二〇日から同月二二日にかけて三七ないし三八度程度の手術による吸収熱を発したものの、同月二三日以降平熱に下がり、手術創部に炎症所見もなく、同月二六日の血沈検査値も正常であったが、同月二七日夜から身体がだるくなり、同月二八日発熱して手術創部を含めて頸部から駆幹まで全身に発疹が生じ、創部周辺も赤くなり、かゆみを訴えたことから、被告井上は、原告が風疹に罹患したものと考え、解熱鎮痛剤ヴェノピリンを一アンプル点滴の中に入れるとともに、抗生物質ペングローブ(体内に入るとアミノベンジルペニシリンに変わる)を含む経口の風邪薬を投与するとともに、薬疹の可能性も考え、従前より投与の抗生物質ヤマテタン及びトブラシンのうちヤマテタンを比較的薬疹の発現が少ないと思われるエポセリンに変える処方をしたところ、翌二九日熱が下がり、それとともに創部周辺の発赤と全身の発疹がほとんど消退して創部もきれいな状態となり、かゆみも消え、翌三〇日には発疹も完全に消退したので、原告は、同日以後右経口の風邪薬の服用を勝手にやめたこと

5  被告井上は、原告に対し、当初一週間程度で退院できる旨述べていたところ、昭和五九年一一月二五日ころ原告から退院の時期を質問されるなどしていたが、同月三〇日原告から被告病院を退院して自宅に近い病院へ通院したい旨の申し出を受け、すでに右発熱、発疹も収まっていたことから、その翌日に被告の退院を許可することとし、原告に対して行岡病院に転医して通院すること、行岡医師の次回外来診療日は同年一二月六日であること、それまで自宅で安静を守ることを指示し、更に抗生剤の内服を退院処方として指示し、原告に渡そうとしたところ、原告から二八日に処方された薬が残っているからもう要らない旨を聞き、この薬には前記のとおり抗生物質ペングローブが含まれていることから退院処方として渡す薬の代わりに右薬を飲むように指示して、松葉杖使用指示のもと原告を退院させたこと

6  原告は、被告病院を退院してから、二〇分程度の散歩を二日間する程度で、仕事をせずに自宅で安静を保ち、この間被告井上から服用するように指示を受けた薬は飲まなかったものの、発熱はせず、たまに創部の痛みを感じる程度であり、同年一二月六日被告井上の指示に従い行岡病院を訪れて受けた診察の際も創部感染の疑いすらもたれなかったこと

7  ところが原告は、同月一〇日発熱し、手術創部の周囲も発赤するようになり、同月一三日行岡病院で診察を受けたところ、骨折部に腫れ、発赤、圧痛があり、発熱もあったことから、骨髄炎の疑いで入院し、同日発赤部を穿刺して排液された血性浸出液から表皮ブドウ球菌が培養検出され、化膿性骨髄炎との診断のもと同月一九日骨折部の皮膚切開手術を受けたところ、皮膚下骨膜上及びキュンチャーと骨髄腔との間から多量の膿が流出したため、キュンチャーを骨髄腔から抜去し、これら膿等の付着した部分を洗浄したうえドレーンの留置等の措置を受けたこと

8  原告は、その後昭和六〇年四月二六日まで行岡病院に入院して病巣の掃除や持続洗浄をするためのドレーンの取り付けあるいは抜去等の措置を受け、右同日症状が軽快したとのことで行岡病院を退院し、その後自宅で療養しながら同病院に通院していたところ、病巣の掃除と右キュンチャーの抜去の際に生じた骨欠損部分を埋めるため同年七月二六日再度同病院に入院して同年八月六日手術を受けたが、骨欠損部分を埋めないまま同月三一日退院し、その後も同病院への通院を続けながら、同年一〇月から勤めに戻り(ただし、骨折前の勤務内容と同じ勤務に戻ったのは昭和六一年三月からである。)、現在骨髄炎は一応治っているものの再発の可能性があること

9  行岡病院中央臨床検査科の検査結果によれば、被告井上より原告に投与された薬剤のうち、少くともベングローブは前記原告の血性浸出液から培養検出された表皮ブドウ球菌にも感受性のあるものであること

10  一般に、化膿性骨髄炎の起炎菌の傾向としては、ここ十数年以前より黄色ブドウ球菌(グラム陽性球菌の一種)が最も多く四五パーセント前後、グラム陰性桿菌(緑膿菌、大腸菌等)がそれに次いで三〇パーセント弱をそれぞれ占めているが、近年、従来は自然界に存在する非病原性ないし低病原性(弱毒性)と考えられていた表皮ブドウ球菌(グラム陽性菌の一種)の検出率が増加傾向を示し二ないし三パーセントを占める様になり、その場合しばしば難治性感染症ないし敗血症をひきおこすことがあり、今後臨床上に問題提起されるべきであるとされていることなどの事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

なお、<証拠>中の行岡病院入院後に記載された看護個人記録には、原告が被告病院を退院した後毎日午後に発熱し左下腿の腫脹、発赤、熱感が出現し、圧痛も伴うようになった旨の記載部分が存するが、<証拠>に照らして採用しえない。

三  診療契約の成立

前記二認定事実によれば、原告と被告陣内との間において、昭和五九年一一月一八日、原告の左脛骨骨折を被告陣内において治療することを内容とする診療契約が成立したものと認められる。

四  被告らの過失ないし債務不履行

1  まず、原告は、被告井上は本件手術を原告に施術する際に表皮ブドウ球菌等の細菌による感染を防ぐに足る清潔の措置を採るべきであるのに、これを怠ったため原告を骨髄炎に罹患させたものであるから、同被告にはこの点において過失があり、被告陣内には債務不履行が存する旨主張するところ、被告らは、被告井上は右手術を行なう際に十分に清潔の措置を尽していたから被告らには右過失ないし債務不履行が存しない旨反論するので、以下この点につき審究する。

<証拠>及び前記一及び二認定事実を総合すれば、原告は昭和五九年一一月二〇日本件手術を受けた際に手術創部から弱毒菌である表皮ブドウ球菌に感染し、その後同菌は徐々に数を殖やしつつ右創部の深部へと侵入を開始したこと、その結果同月二八日ころ一たん菌血症の症状にまで進み、これに起因して原告の全身の発疹、発熱、手術創部周囲の発赤が現れ、右創部の痛みも訴えられたこと、同日前記抗生物質ペングローブの経口投与により、右諸症状及び菌血症が消退するとともに表皮ブドウ球菌の活動が抑制され病状の進展も停止され、同年一二月六日行岡病院での診察の際にも創部感染の疑いすらもたれなかったが、同年一一月三〇日以降原告が右ペングローブの服用を止めていたことにより再び右菌による感染が極めて緩徐に進展を開始して、同年一二月一〇日過ぎころ遂に骨髄炎を発症したものである(以下、これを「本件骨髄炎」という。)ことが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、被告井上としては、本件手術をするに際して、原告が骨髄炎等の感染症に罹患しないように表皮ブドウ球菌等の細菌による感染を防止するため、自己ないし手術の介助者の身体、原告の身体(特にその術野部位)、手術器具等を洗浄するなどして殺菌し、また、手術方法も細菌に感染しにくい方法を採用するなど、清潔さを十分に保持すべき義務があると解されるところ、これを本件についてみるに、<証拠>によれば、キュンチャーなどの手術器具の滅菌については、看護婦や看護助手が中央材料室にて予め右器具を洗浄したうえ細菌を通さない紙とビニール袋に入れ、これをオートクレーブに入れて蒸気で高熱加圧による滅菌をし(穴を開けるのに使用し一部ゴムのついているリーミングについてはさらにガス滅菌する。)た後、器械戸棚に置いておき、これを使用する際には、看護婦等が、滅菌によって変色する性質を有するシールないし印刷の変色済みであることを確認のうえ医師に提出し、医師はこれを信頼して使用していること、被告井上と森医師とは、麻酔措置を採った後、手にヒビスクラブという洗浄液を付けて新しいブラシを用いて洗うことを三回繰り返し、使い捨てで清潔な手袋を付け、オートクレーブで滅菌した術衣を着て本件手術に臨んだこと、原告に対しては、殺菌、消毒液であるイソジン液で原告の足先から大腿の付け根までを消毒し、ストッキング様のストッキネットを大腿部までかぶせ、ゴムで下肢の血液を躯幹の方へ送り出し、その状態で大腿部の付け根部分をタニケット(手術中出血しないようにするために血流を止める止血帯)で締めて止血し、そのストッキネットのうち手術に必要な部分だけ切り、この部分を術野としてそこから皮膚切開をし、キュンチャーを挿入したことなどが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、手術時の手洗、術野の消毒、ストッキネットを使用しての術野の準備及び手術器具の消毒など清潔手術に対する配慮を被告井上は十分になしていると認められるのであるから、この点について被告らに過失ないし債務不履行は認められないというべきである。

なお、原告は、表皮ブドウ球菌による感染は、通常の消毒、清潔の措置をとってさえいれば防げるものであって、それにも拘らず本件手術時に感染したとするならば、通常の消毒がされていなかったこと、換言すれば本件手術時に多量の表皮ブドウ球菌による感染がなされるような杜撰な措置がなされていたものと推認することができる旨主張するが、前記二10認定事実のほか、<証拠>によれば、表皮ブドウ球菌は、人間の皮膚に常在する菌であって、消毒によってこの菌による手術中の感染を完全に防止することは不可能であること、この菌は弱毒性のものであるので通常この菌に感染しても骨髄炎等に罹患することはなく、まれに骨髄炎まで進展することがあるものの、感染した菌の量のみが要因となるのではなく、感染した菌の強さや、被感染者の抵抗力、局所の安静状態あるいは全身状態等もまた要因となることが認められる(<証拠判断略>)から、被告が右手術の際に感染した表皮ブドウ球菌によって本件骨髄炎に罹患したとしても、そのことから直ちに被告井上が本件手術の際に通常施す消毒等の清潔に対する措置を怠ったものと推認することはできず、他に本件手術時に多量の表皮ブドウ球菌による感染があったことを認めるに足る証拠もない。

また、原告は、被告井上が、清潔に対する関心が整形外科よりも弱い内臓外科を専門としており、更に、被告病院が救急病院であることなどから、被告井上が右手術の際に清潔に対する配慮を怠ったものである旨主張するが、前記二2認定の被告井上の経験に照らすときは、被告井上の専門が内臓外科であり、また、被告病院が救急病院であるからといって、そのことから直ちに被告井上が右手術の際に清潔に対する配慮を怠ったとか、被告病院の清潔に対する設備や術前準備が不十分であったとは認められず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。

2  次に、原告は、被告井上は昭和五九年一一月二八日原告に発熱、発疹が生じた際に骨髄炎を疑って諸検査をすべきであったにもかかわらずこれを怠り、更に、同年一二月一日原告を退院させるべきでないのに、退院をさせたので、本件骨髄炎の発症及び治ゆの遅れが生じたもので、この点において被告らには過失ないし債務不履行が存する旨主張するのに対し、被告らは、右検査をすべき義務も退院をさせない義務もない旨反論するので、以後この点につき審究する。

前記認定事実によれば、昭和五九年一一月二八日原告に出現した全身の発疹、発熱、手術創部周囲の発赤、右創部の痛み等の諸症状は、表皮ブドウ球菌による創部感染及び菌血症に起因するものであったというべきである。<証拠>中には、右諸症状を風疹ないし薬疹によるものとする供述部分が存するが、風疹等のウイルス感染症や薬疹であれば、右諸症状が翌日にほぼ完全に消退するとは考えられない旨の<証拠>に照らして採用し難い。

ところで、<証拠>には、被告井上としては、右諸症状が原告に発現した際、手術創部の痛みの愁訴や右創部周囲の発赤が認められたことや、右諸症状が翌日ほぼ完全に消退したことから、風疹や薬疹以外の原因、少なくとも黄色ブドウ球菌やグラム陰性桿菌による一般的な骨髄炎(以下、これを単に「一般的な骨髄炎」という。)に至る可能性を有する創部感染症ないし菌血症を疑い、この鑑別に先ず必要とされる白血球検査、血沈検査、CR-P検査等を行い、その結果の検討と経過観察のため五日間程度退院を延期すべきであるとの部分が存するけれども、前記認定事実、即ち、表皮ブドウ球菌は弱毒菌であるため、これを起炎菌として原告が罹患した本件骨髄炎もその発症の昭和五九年一二月一〇日過ぎまで一般的な骨髄炎の場合に比べて極めて緩徐な経過をたどっており、また、原告が右菌に感染した同年一一月二〇日から八日ほど経過した同月二八日に一たんその手術創部感染と菌血症による前記諸症状が出現したものの、これら諸症状及び菌血症も原告が経口投与を受けた抗生物質ペングローブの働きにより消退するとともに、表皮ブドウ球菌の活動も抑制されて病状の進展も停止され、その後の右抗生剤の非服用にもかかわらず、原告が被告病院を退院した五日後の同年一二月六日行岡病院において診療を受けた際にも創部感染の疑いすらもたれなかったものである事実に、前記二10認定事実及び<証拠>を総合すると、一般に急性化膿性骨髄炎の早期診断は困難であって、本件のごとく常在菌でありながら弱毒菌であるために発症率も極めて低く発症経過も極めて緩徐な表皮ブドウ球菌を起炎菌とする場合は一層困難と考えられ、本件においても仮に被告井上において前記白血球、血沈、CR-P等の諸検査をなしたうえ退院時期を同月六日まで五日間遅らせたとしても、原告の創部感染の診断すら下すことができたとは認められず、まして本件骨髄炎の発症とその後の進展を発見してこれを阻止、抑制することができたとは認められず、他に被告井上において前記諸検査をなし退院時期を五日間遅らせることによって原告の本件骨髄炎の発症、進展を発見してこれを阻止、抑制し得たことを認めるに足る証拠はなく、したがって、仮に前記白血球検査等の諸検査や五日間程度の退院延期が被告井上の義務だとしても、原告の本件骨髄炎の発症及び治ゆの遅れとの間の因果関係は認められない。そして、他に被告井上に退院時期を過った過失を認めるに足りる証拠もない。

なお、原告は、退院後行岡病院に通院するまでの指示も不十分であったため本件骨髄炎の発症及び治ゆの遅れが生じたと主張するが、前記認定事実によれば、被告井上は原告に対し、退院処方として、飲み残しではあるが、表皮ブドウ球菌にも感受性のある抗生物質ペングローブの服用を指示し、かつ、自宅での安静指示をしたこと及び昭和五九年一二月六日原告が行岡病院で診察を受けた際にも創部感染の疑いすらもたれなかったことに照すと、未だ不十分とまでいうことはできず、右主張も失当である。

五  以上のとおりであって、被告らに過失ないし債務不履行のあることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古川正孝 裁判官 柴田寛之 裁判官 牧 賢二)

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